助さん・格さんのドライバー日記
2001年7月25日 格さんのひとり言
 名古屋と塩尻を結ぶ国道153号線は、別名、三州街道、あるいは伊奈街道と呼ばれ、昔は三河から信州への 塩街道だったそうです。

 中馬街道ともいわれたのは、中馬と呼ばれた博労たちが、この道をたどり、信州の米や、たばこと交換に三河の塩を運んだからだそうです。

 その中ほどに、足助宿があります。岐阜県に接し、長野県にも程近いところです。
三河で取れた塩は、矢作川を伝ってここに入り、調合され伊那、飯田へと運ばれたそうです。今でも、この小さな町には塩問屋が何十件も軒を連らねています。

 バス停近くのタバコ屋の親父さんは「 昔は庭で塩を踏んだせいですかなー、井戸はすぐ錆びるし、天気が悪くなると、土が湿ってねー、すぐ明日の天気が分かったよー 」

 そう言えば、この辺り、吉良・浅野騒動要因の一つとして、堺屋太一 「峠の群像 」
で描いた、三河と赤穂の塩戦争の舞台でもありました。

 現在は街道としても無用の存在になり、多くが中央高速道へと流れ、町も過疎化され寂しい限りです。でも一度訪れて見て下さい、きっと現代から過去へタイムスリップしたような町の風情が心に残ります。

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